■ 私は吉田健一氏の本が好きだった。履歴書の欄に書いたこともある。受けが良いのではないかと思ったからだ。彼の父親がつくった坂道で私は銃を持っている。
「撃つのよ」
「え、どうやって」
「いいから、映画でみたことあるでしょっ」
窓から頭を出し、両手でトカレフを持ち、眼をつぶって引き金を引いた。目蓋の裏が白くなる。窓枠に頭をぶつけた。続けて絞ると後頭部が寒かった。頭をひっこめ、そこで眼を開けると赤い火花がみえた。
ランクルのライトの片方が消え、小さなテールランプが黒いコンクリの壁面に放物線を描いている。横転してゆくらしい。
葉子はスイッチに触り窓を閉めた。
「あたったのか」
「撃ったのは、壁と空よ」
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「夜の魚」一部 vol.19
■ 日曜の夜なかば、葉子を送るため、第三京浜に乗った。
雲は斑であり、風が吹いている。
フロントフォークを伸ばしたハーレーが、芯のないマフラーで隣に並んだ。高圧縮の新しいエンジンだ。国産のゴーグルに旧ナチのヘルメットを被っている。
昔、透明なチューブの中に麻薬をつめ、キャプテン・アメリカは南部へ向かった。撲殺された弁護士をニコルソンが演じた。
架空の好況の後、暴力の気配が街に戻っている。
終点のパーキングでジャガイモのようなものを食べ、缶コーヒーを飲んだ。葉子と運転を替わる。トンネルを幾つか越えた。道は比較的空いている。
「これ、ツェッペリンでしょ」
ジミー・ペイジのギターは、まだ静かだ。
その時、車が前につんのめった。
振り向くと、ライトを消した山のような影がガラスの後ろにあった。メッキされたアニマル・バンパーがみえる。
ランクルだ。
葉子は加速した。
ハイビームにし、ハザードを入れた。フロントにぶら下げたシビエのスポットをつける。なんでスイッチがわかるんだ。一度乗っている。
降りてゆく坂道である。速度が乗る。一泊六千八百円とかかれた赤いネオンを過ぎた。振り向くと、四角い眼のランクルが車の屋根を照らしている。引きずる音は、外れたバンパーがアスファルトに擦れているのだろう。
前に丸いテールランプのセダンがふさがる。
ガツンとブレーキを踏み、セダンを避けた。そのままゆけるかと思ったがランクルも脚が硬い。ついてくる。前は黒い。
「窓を開けて」
「後ろの袋に銃を入れたでしょ」
そうだ、捨てようと思い銃を入れた袋を持ってきたのだ。
「弾倉は」
「脇のレバーを引いて」