「夜の魚」

「夜の魚」一部 vol.2

 
    一 ALL OF YOU.
 
 
 
■ 葉子という女を拾ったのは梅雨の切れ間の日曜の夜だった。
 私は仕事を終え、部屋に戻るところだった。車を停め、煙草を買おうと歩道を渡った。
 バスを待っているのか、若い女が緑色の看板にもたれている。
 とうにバスの時間は過ぎていた。廻りに人影はない。
 販売機の前で腰を屈めると、そのまま女の姿が崩れてゆくのがみえた。
 送ることになったのだけれど、びっしりと汗をかいている。
「ごめんなさい、よくあるの」
 バス停で倒れることを指すのか知らない。
 湿度のなかに青い匂いが混ざっている。
 常緑樹が花をつけている。
 彼女は私の部屋のベットに横になることになった。
「シーツをかえたのね」
 納得したでもなく、彼女は寝息を立てた。
 薄く体臭がする。足首が汚れている。何日か街を歩いていたかのようでもある。暫く眠っていなかったのだろう。
 私は白いベルモットを一杯嘗め、目覚ましを傍に置き、暫くぼんやりして壊れかけたソファに躯をまるめた。

「夜の魚」一部 vol.1

 
    序
 
 
 
■ 本牧の外れの引込線から右に曲がるとその先は行き止まりだ。
 背の高いコンクリの壁をよじ登ると、黒く粘る海が見える。
 海とはいっても実感はない。薄い雨に雲が浮かんでいた。
 壁の横にぽつりぽつりと車が駐まり、車高を落とした白いセダンのボンネットの上に若い男が座っている。
 光るものを持っていて、近づくと、釣り竿を照らす電灯のようだ。
 伸びかかったパーマの頭を斜めに、バンパーに右足をのせ、考える格好で竿の先を照らしている。標識が半分取れかかっていて、「国際埠頭」と書いてある。
 海は見えない。
 音楽もきこえない。