雨じゃなかったね

 
    雨じゃなかったね。
 
 
 
■ 先日、とある人に「緑坂」の印象を聞いてみた。
「うーん、甘酸っぱいかな」
 と、言う。
 ある意味で、答えにくいことを尋ねてしまったと反省している。
 
 
 
■ 読んでくれる人が居るということは有り難いことだ。
 感謝してる。
 ほとんど独語のようなものだけれども、まるきりが本当のことだという訳でもない。
 なにがしか違和感のようなものがあって、それがとりあえず精神に残る。すぐに言葉にすると、流れるので、一度地面に埋める。
 掘り起こしてくる時期が問題なのだが、旨くゆくとなにがしかの単語に変わる。
 不遜なことを書くようだけれども、読んでくれる人を意識しすぎると、何処かコビた文になって、自分でも面白くはない。
 

 
    虫。
 
 
 
■ まずまずの天気だったが、夜になった。
 予定をとりやめ、一日部屋にいた。
 電話なんぞをしている。
 飯もとりあえずすこし食う。
 
 
 
■ 窓を開けると、虫の声がきこえた。
 月は出ていないが、薄い風がある。
 椅子の背に躯をかけると、背骨がごきりと鳴った。
 
 
 
■ 盲目の小さな女の子がこちらを視ているように思った。
「よう、元気か」
 と、答えようとしたが、髭を剃っていないことに気付いた。
 

小柄な女

 
    小柄な女。
 
 
 
■ 四十代の男性が、小柄な女性を連れてきた。
 隣に座ったので見えたのだが、女性は指輪をしている。
「いや、僕はあのまま帰ったよ。危ないものねえ、彼女」
「でも、そのままいっちゃうことって、あるんじゃないですかぁ」
 
 
 
■ 男性は日に焼けている。
 休日には、マレーシア製のブランド品のポロ・シャツを着ていそうな、爽やかなタイプである。
 互いに既婚同士であるらしい。
 次第にロマンチックな気配が滲んでくる。
 
 
 
■ 小柄な女は、魚の皮を残した。
 

蒔き時、花どき

 
    蒔き時、花どき。
 
 
 
■ 引き出しの中から種の袋が出てきた。
 冬を除いたほとんど一年中咲くかのようである。
「種子の栽培のしかたについてのお問い合わせは下記へ...」
 として、住所が記してある。
 岐阜まで電話をするようになったら、さぞや楽しいのだろうと思った。
 

東の夢

 
    東の夢。
 
 
 
■ 背広を着た白人が乗り込んで来た。
 アタッシュからジャパン・タイムスを取り出して真剣に読んでいる。
 もう一冊、多分仕事関係のものだと思うが、網棚の中に入れてある。
 消しゴムのついた鉛筆を挟んである。
 彼は眠ってしまったが、外には富士山が見えた。
「のぞみ」は、翼をもがれた安い飛行機のように、かなりの無理を滲ませながら地面を東に向かっている。
 通路の反対にはほとんど生活臭のない脚を組んだ若い女が座っている。
 中学生だろうか。光るストッキングを履いていた。
 隣には、母親がいる。
 売り子さんが来たのでビールを買った。
 
 
 
■ 彼は太い腕をしていた。
 ワイシャツからはみ出る毛は、黒かった。
 厚い時計をしている。
 
 
 
■ 図らずも眠ってしまった時というのは、イビキにも力がない。
 新横浜を過ぎてから、
「ミスター」
 と、声を掛けた。
 

バァで値段を聞く

 
    バァで値段を聞く。
 
 
 
■ ことにしている。
 初めての場所で、ショット売りの店ならそのようにしている。
 カクテルの値段を尋ねるのは失礼なような気がするので、ウイスキイやジンの銘柄指定で相場を決めている。
 先日は、四角いジンが七百円だった。
 安いのだと思う。
 隣に同年輩の車屋が座り、その向こうは若い男だった。
 若いのは、ヨンサンマルのゼットに乗っているというから、いわゆるハマのタイプである。
「峠を降りてくると、ローターが真っ赤になるんすよ」
 バーテンはと言えば、ウレタン付きのミジェットで昨日事故ったという。
「カウンターが間に合わなくて」
「なんてね」
 彼等の飲んでいるバーボンは、聞いたことのない銘柄だった。
 風土のようなものも、あるのかも知れない。
 雨だけれども。
 

あなたに会いたくて

 
    あなたに会いたくて。
 
 
 
■ とても元気の良い女の子がそういうことを言っていても、相手の男性が視えてこないような気がする。
 雑踏の中に紛れ込むのは、本来、少年や青年の役目ではなかったろうか。
 どうでもいいのだけれど。
 

待っている vol.1

 
    待っている vol.1
 
 
 
■ コーヒーを入れようとすると、紙がない。
 仕方ないので、昨夜使った奴を洗うことにした。
 
 
 
■ キングコングの絵葉書を手元で見ている。
 ひとりの女の為に、エンパイア・ステート・ビルによじ登り、全世界の非難を浴びながら、空しく地上に引き戻された、カワサキのW1みたいな愚かな猿の物語である。
 ジャズメンがネクタイをしていた頃の黒人のように、あんぐりと口を開けた一匹のゴリラが虚空を睨み、何事かを叫んでいる。
 その掌の中には、護るべきヒロインが横たわっている筈なのだが、ここからは見ることは出来ない。
 斜めになったNYの空を、二枚羽の飛行機が旋回している。
 じきに軍の攻撃が始まるのだ。
 

大人の恋

 
    大人の恋。
 
 
 
■ ロマンチックなものが欲しくなって、若い女に電話をした。
 なんだか秋の雨である。
 人生が岬の外れであり、そこで向こう岸を眺めているけれど、勿論見える筈がない。
 などということを勝手に話した。
「大丈夫? 躯の具合悪いんじゃないの」
「んー。ともいえるな」
 

口説くまでの恋

 
    口説くまでの恋。
 
 
 
■ 恋をすると街の公衆電話がロマンチックにみえる。
 声をきこうと思うが果たさない。
 ま、そういうこともあった。
 
 
 
■「今日はかえりたくないの」
 と、言われる。
「おれは帰りたい」
「あ、そ」