昔の恋。
 
 
 
■ 97人まで数えていたら眠っちゃったよ。
 と、うそぶくのはヒッチコックの「断崖」(Suspicion)という映画の中のケーリー・グラントだった。
 彼は詐欺師というかしくじった山師なのだが、相手役のヒロインがジョーン・フォンテインである。
 痩せていてナーバスそうで、我慢してトイレに入っても決してホーローに罅が入ることはない、といった風情の儚げな美人である。
 
 
 
■ バブル全盛期だったろうか。
 ある劇画の原作者がジョーン・フォンテインそっくりに整形をした良いところのお嬢さんと、ショーのプロモーター、呼び屋との恋を描いていた。
 そこで「断崖」のことが出てくる。モチーフにしている訳だ。
 何も置かない億ションの最上階に大型のテレビがあり、そこで酒を飲んでいる顎の尖った背の高い男。
 主人公の乗る車が2.8リッターの初代ソアラで、悪役がベンツである。確かシンガーの「スティング」に似た下僕というかなんというかも出てきて結構面白かった。
 絵を描いていた方は女性漫画家だが、顔や服は旨いのだけれども車やその他のメカのデッサンが、割れたFD24mmを使ったかのようで、向き不向きだぜ。
 
 
 
■ 不良の勝負師は、鎌倉の旧家の息子である。
 彼は最終的には恋に生きる。
 要は分かりやすいエンターティメントなのだけれども、ヒッチコックの「断崖」それ自体も、生活感の決定的に乏しいロマンチック・スリラーであった。