じたじた。
 
 
 
■ 本棚から吉行さんの「快楽の秘薬」(光文社文庫)が落ちてきた。
 しばらくその辺りに置いてあったのだが、なすすべもない夜更け、それをめくる。
 引用してみる。
 
 過日、某週刊誌を読んでいて、おもわず立ち止まって考え込んだ一節があった(略)。
 そのときのゲストの桂小文治師匠が、先々代羽左衛門の色道の極意について語り、
「あの人は、女と寝たあと、シーツに皺一つ寄らない」
 という意味のことを言うと、確か近藤日出造さんだったかがおどろいて、
「でも、女性をのたうちまわらせるのが…」
 男としての腕前ではあるまいか、という意味のことを言い、師匠が、
「のたうちまわらせるなんぞは、三流の芸です」
と、いい、近藤日出造、杉浦幸雄ご両人が、
「ははあ」
 と、恐れ入る場面である(前掲:22頁)。
 
 
 
■ 吉行さんはこの後、こう続けていた。
 
 のたうちまわらせるなんぞは三流の芸です、という言い方もおもしろい。たしかに、恐れ入るほかはないが、なんとなく分かったような気持で恐れ入るわけで、具体的には精しくは分からない。少なくとも、私には分からなかった。
 それにしても、反省させられる言葉で、私はさっそく友人をつかまえて、その話をして、
「つまり、じたじた、じたじたとやってゆくのだろうな」
 と言うと、相手は反省のない野郎で、
「そりゃ君、畳の上でやるのじゃあないか」
 などと言う(前掲:22頁)。