■ 私は走羽に尋ねた。
「この街のどこかに覚醒剤の原料、メサンフェタミンをつくっている工場がある。そこを捜したい」
「確かですか」
「わからない。しかし現に襲われている。上海でも日本でも、かかわっている何人もが爆破されたり狙撃されたりしている」
「どうしてあなたがそんなことをしようとするのですか」
 走羽は核心に触れてきた。
 私はいくつもの理由を考えた。どれも本当のようには思えない。自分でも納得している訳ではないのだ。
「正直いうとわからない。ただ、この街で野鶏だった女と会った。彼女は奴らに襲われ、質の悪い覚醒剤を大量に打たれた」
 走羽の眼は細い。まっすぐにこちらをみている。
「名前は」
 走羽が尋ねた。
「日本名で冴、こちらでは葵だったとおもう。北京から逃げてきたと言っている」
 走羽が眼をつむり暫く考えている。両手の指を組みゆっくりと動かしている。
「わかりました。銃は用意しましょう。人間もね」
 そう言うと彼は立ち上がり隣の部屋に入った。小さなグラスを持ってくる。ウィスキーの瓶を出す。
「自由化政策のおかげで、スコッチも飲めるのです」
 私たちは小さなグラスに四角い瓶の酒を垂らし、一杯を嘗めた。
 
「天安門の頃、わたしは広東省にいました。紅衛兵になった時、わたしは十三歳だった」
 ファイン・ベリー・オールドと書かれた酒の瓶を眺めている。
 走羽は元紅衛兵だったのだ。