■ ボックス型のバンはかなりの速度で雨の中を走った。
 いくつかの路地を曲がり、坂のようなものを越えては下り、病院の裏口から入って表に抜けたりもした。尾行を確認しているのだ。
 背の低い茶色のビルが密集する一角に入った。上海独特の集合住宅だ。
 狭い道路には錆びた自転車が並んでいる。鎖が二重に巻き付けられ盗難を防いでいる。
 バンはビルの横、瓦礫が残る空き地に駐まった。
 ビルに入り、細い階段を四階まで昇ってゆく。照明器具は設置されているが電球が外されている。手摺を頼りに男の後に従った。
 部屋に入った。
 狭くはないが広くもない。片づいている。
 コンクリに直接ペンキを塗ったようで、壁はところどころ斑になっている。蛍光灯の灯りがまぶしかった。
 
 中背の男は走羽(ゾウバ)と名乗った。
「夢梁からききました。わたしは二階からみていました」
 走羽は濡れたタオルを手渡しながら言った。殴られた後頭部が熱を持っている。
「彼等はこの街の地下組織の者です。新しい流れ。ロシアやマニラなどとも組んでいる」
 走羽は殺した男の財布を取り出した。元、円、ドル、いくつもの上海カード、それらを机の上に置いていった。
 一枚の磁器カードが混ざっている。それは社員証のようなもので、新しい設計のビルには必ず設置されているセキュリティ・カードだった。
「これを分析すれば、どこのビルかはわかる。時間はかかりますが」
 走羽は無表情に言う。背中に手を廻しベルトに挟んだ拳銃を取り出した。ゴトリと机の上に置く。グリップのところが濡れている。男から奪ったトカレフをその横に並べた。