■「銃がいるんだ」
「なにをするつもり」
「よくわからない」
 夢梁はシガレットケースから細い自分のライターを出して煙草に火をつけた。
「有格。銃ならいくらでもあるわ、でも、あなたがここでしようとしていることは無理だとおもう。ここは〈海上〉だもの」
 
 彼女はハイシャンと発音した。上海の人間は皆そういう。その言葉の中には些かの誇りと斜に構えた不良性とがある。
 私は簡単に説明をした。覚醒剤のこと、日本の麻薬取締官が狙撃されたこと、昔この街にいたひとりの女が殺されかけたこと。
 旨くは話せなかった。私は左手の端で水の入ったグラスをひっかけた。夢梁のスカートが濡れる。私は慌てて謝った。
 彼女は眉間に皺をよせた。怒ったのだと思った。
「失礼」
 夢梁は席を立ち、店の奥に姿を消した。
 そう旨くゆくものではない。江菫がどんな手紙を書いたにしろ、頼みがあるなどと見ず知らずの女に言うものではない。まして銃だ。
 とりとめのない気分が浮かんできて、こうして上海にいることを私はすこし後悔した。
 夢梁が戻ってきた。
 くっきりした眉には険が残っている。机の上に掌を置く。
 薄い赤で塗られた爪をゆっくり開くと、小さな鍵が机の上に出てきた。
 
「今晩十二時、ダスカ一階のホールにきて。裏口はこれであくわ」
 そう言って店を出ていった。