■ 門柱のすぐ脇に、黒に近い紺色のEタイプが停まっていた。
「犯罪だぜ」
 私は思わず口にした。
 
 そこにあるのは一九七三か四年型のEタイプ・ジャガー、シリーズ?。
 最後のフィクスドヘッド・クーペだった。十二気筒、ゼニス・ストロンバーグのキャブを四個振り分けた奴だ。排ガス規制で実力は削がれているが、二七○馬力はあるだろう。
 ステンレスのストーンガードがドアの下に貼られている。対米向けの大袈裟なエンブレムも外され、ルーカスではなくドイツ製のヘッドランプが光っている。ホイルはワイヤースポークで、オリジナルではない。適度に改造を受けているようだ。眺めているとすこしイヤになる。
 葉子が運転席に座っていた。窓を開け、乗るように合図する。
 華奢なノブを引き私は助手席に座った。タン色の革のシートだ。
「なんてこった、これも親父さんの車か」
「ええ、今動くのがこれしかないの」
 小さくクラクションを鳴らし、葉子は中山東一路を下る。
 和平飯店の角を曲がり南京ロードに入った。南京路は上海一の繁華街である。道路の両脇にデパートや高級店が並び、この時間になっても大勢の人が揺れるように歩いていた。
 Eタイプが近づくと道が開かれる。
 バックミラーで確認するのだろう、タクシーやバスが路肩に寄った。葉子は道路の中央寄りをかなりの速度で飛ばす。二度ほど交差点を曲がり、道の真ん中に空いているトンネルの入り口に吸い込まれていった。
 延安東路トンネルだ。
 Eタイプの排気音が響いた。加速する。
 ゆるやかに曲がりながら下り、暫くして昇った。視界が開かれ、背の高い塔がみえてくる。東方明珠広播電視塔だ。ライトアップされ、その中程は銀色に光っている。