■「こんなもので失礼ですが」
 車で私を迎えにきた三十程の男が背後に立った。自動販売機で買ったのだろう、缶のお茶を持っている。
 私はそれを受け取り、プルトップを開け一口飲んだ。
「ウーロン茶の密輸ならいいんですけどね」
 真壁も一口を飲んで顔をしかめている。不味いのだ。
「まあ、それはわかった。しかしどうして閣僚が絡んでくるんだ」
「ええ、簡単に言えば圧力がかかるのです。我々は役人ですから、バッジからの横やりで捜査そのものが潰れることは何度もあります」
「あなたは麻取ではないはずだが」
「そうです、昨年の横浜港の事件が旨く行っていれば、ここにある議員の何人かは逮捕することができた。けれども、名前の入ったフロッピーだけではいかんともし難い」
 真壁は巧妙に話をそらせている。私は背後に何か別の機関があるのではないかと思った。
「公安か、また別口かだな」
 私は思いついたことを言ってみた。電話の男は公安に近いのだと言っていた。真壁は指先で眼鏡を直す。
「そうです。一般に公安とは、公安警察官と公安調査官とに分かれている。彼等もまた犬猿の仲だ。しかし、ここまで大規模で複雑な様相を呈しているとそんな縄張り意識だけではどうにもならない」
「内部事情を聞いても仕方ないな」
 真壁は唇を歪めた。笑っているつもりらしい。
 
「ところで、今の中国では賄賂が全盛だそうですね。〈走後門〉というのですか、病院ひとつ入るにも給料の二ヶ月分の保証金が必要だそうで、こういうのを〈向銭看(シアンチエンカン)〉と言うんですか」
「ああ」
「腐敗はうつるんですよ。バブルの後始末を覚醒剤のアガリで行おうとする者がいても不思議ではない。勿論、合法的な金に替えてゆく訳ですけれどもね」
 真壁はそこまでを言うと、一枚の写真を出した。
 ボンネットの吹っ飛んだベンツの新型だ。背後には割れたガラスが散乱している。場所はモダンなビルの入り口のようだった。
「葉子さんの父親のものです。幸い命は助かったようだ。運転手は死にましたけどね。これも同じ日のことだ」
「プラスチック爆弾か」
「そうです、品質に優れた米軍のものだと鑑定されました。上海ではこうした爆破事件がこのところ何度も起きている」
 私は暫く考えていた。六十を過ぎた葉子の父親のことを思った。何度か会い食事をしたが、仕事以外のことはほとんど話さなかった。
「近々、上海に渡るんですよね」
 真壁が断定する。調べがついているのだろう。
「それで、どうしろっていうんだ」
「今の段階ではわかりません。今日のところはこれでお引き取り願います」
 真壁が書類を片づける。勝手なものだと思った。
 私は立ち上がり、部屋を出ようとした。ドアを開けると地下の廊下から湿った空気が入る。
 
「それはそうと、冴さんの陰部にはアルファベットでKと読める痕跡がありました。ナイフで抉られているようです」
 事務的な真壁の声を後ろに私はドアを閉めた。廊下を歩く。すでに匂いには慣れていた。