■ 夕方になり私は部屋を出た。JRの駅までゆっくり歩き、雑居ビルの中にあるグリルでハンバーグを食べた。昔ながらの味と言われても、昔を知らないのだから仕方がない。ガラス越しにパーティ帰りの若い女たちが横断歩道を渡ってゆくのがみえた。新館ができてから、この辺りは車が駐められない。
 
 タクシーを拾い、産業道路まで出た。すこしゆっくり流してもらう。島へゆく桟橋のある辺りで見当をつけタクシーを降りた。
 桟橋の切符を売る中年の女性に尋ねる。
 眼鏡をかけたその女性は、すこし待つように言うと奥の事務所に引っ込んだ。私は煙草を我慢しながら立っていた。ものを尋ねるときには紳士的でなければならない。
 暫くするとその女性は手に一枚のコピーを持って出てくる。
「このビルの地下だといいますよ」
 私は礼を言い、頭を下げた。振り向いて笑うべきかと考えたが、それはやりすぎだと思った。
 ビルは歩いて五分程のところにあった。
 ステンレスの看板に「シーメンズ・バー」と書いてあり、階段には模造大理石が張ってある。六本木の空気が今程濁っていない頃、つまり私が懐をそれ程気にせず飲みに出かけることができるようになった二十代の終わり、ようやく流行り始めた店の造りなのだろう。
 
 中に入るとその通りだ。ダクトが壁を這い、四隅には発泡スチロールに色を吹き付け映画のセットのようにみせた内装が目立っている。
 私はカウンターに座った。ほとんど客はいない。
 髪を伸ばした若い男が注文をきく。
 私は安いスコッチを頼むことにした。後は水だ。
 時計を眺める。七時を十五分廻っている。
 有線なのだろうか、ジュシア・レッドマンの曲が流れている。
「待ちましたか」
 背中で声がする。
 振り向くと、白い生成のワンピースを着た女が立っている。