■「わたしは日本で病院をふたつと宗教団体をひとつ持っています。あなた、そこのコピーを書きませんか」
 私は黙っていた。北沢が煙草の煙を吐きだす。
「〈透明な平穏〉って奴ですよ。いいじゃないですか、覚醒剤を打ちながら無理して働き、不安になったら学習し、金を溜めて病院に入る。廃棄物をアジアに捨て、ODAは原爆を作るのに使ってもらう。こんな結構なことはないでしょう」
 
「おまえって割と安っぽいんだな」
 北沢の言うことにも一理はあった。しかし一理だけだ。
 二十世紀をどんな時代と捉えるか、思うようにゆかない知識人の多くが性急な結論を出すようになっていた。惹きつけられるものはあったが、そうした理屈の多くは、少年や青年の頃十分に不良をしなかったツケなのだと私には思えた。
 北沢は近代的な合理主義者だ。思想も信条と呼べるものも持たない。合理的な虚無などというものは、ただの空洞でしかない。部分や断片を取り出せば、歴史はいかようにも解釈できるものだ。
 私は走羽の傍に近づいた。撃つなよ、と言ってナイロンザックの中に手をゆっくり入れた。覚醒剤の包みをひとつ取り出す。
「混ぜる前の奴だろう。これでどうだ」
 北沢は黙っている。右手で煙草を捨てた。
「葉子よりもこっちの方が高い筈だ」
 北沢はニヤリと笑った。
 
「女にそれだけ出すとはね」
 私は覚醒剤の包みを放り投げた。白いものを、中国軍の兵士の顔が揃って追う。