■ やはり北沢は生粋のサディストだ。しかも下卑ている。
 北沢は葉子の中国服のスリットに左手を入れている。みせつけているようだ。葉子は腰を曲げ逃れようとしている。猿ぐつわのせいで声がでない。戦車の上の兵士の視線が泳いだ。
「この中にはプラスチック爆弾が残っている。撃てばこの辺りに池ができる」
 走羽が低い声で言った。肩から吊ったナイロンザックに片手を入れている。
「ほお」
「合図をすればあんたの工場も爆破されるぜ」
 走羽はナイロンザックの中で手を動かした。発信器があるようにみせているのだ。
「ブラフはやめましょうや、走羽さん。あんたの手下はほとんど死んだよ」
「どうかな、やってみようか」
 走羽も譲らない。
 
 私は北沢の顔色が薄くなったことに気付いた。
 覚醒剤の工場を作るのに幾らかかるのか、そんなことは知らない。金の問題よりも場所なのだ。上海のように条件の揃った処はなかなかみつかるものではない。どんなかたちであれ、その国の権力機構と密接に繋がっていることは、北沢のような男にとって何物にも代え難いことに違いない。
「ところでですね」
 北沢が私の方を向いた。
「あなたは冷戦構造が終わったと思っていますか」
 北沢が突然私に聞いた。
「どういう意味だ」
「いや、広告屋さんていうのはどういう世界認識をしているのかと思いましてね。晃子さんでしたか、彼女ならなんと答えるでしょうね」
「おまえさんの仕事がしやすくなっただけじゃないのか」
 
「そうですよ。お陰で何でも安く買えるようになった。この街の住人のように、目の色を変えて一流になろうとする処もあれば、心の空洞を学習や修行によって埋めようとする人たちもいる」
 北沢は右手を胸ポケットに差し込んだ。銃ではなく、銀色のライターを取り出して煙草に火を点けた。