三 江菫(ワン・ヤン)
 
 
 
 
■ ぬるくなったビールを飲みながら、私は硬いベットに横になった。
 私が入った特等船室には小さな窓があり、暫くすると外はただ黒い海になった。
 時折外に出て簡単な食事を持ち帰り、部屋の中で食べた。持ち込んだ本を読もうとしたが数行追うだけで続かなかった。
 二日目になり天候が崩れた。揺れが大きくなる。玄海に入ったのだ。
 その夜、私は眠れなかった。
 二等船室に降りてゆくと、夜の暗がりの中で空気がぬるくなった。これが人いきれだと気付くのに時間がかかる。すえたような甘い匂いはタラップにまであがってきて、傷ついたアルミニュウムの窓枠で遮られた。
 
 毛布を被った二人連れが船の揺れに合わせて蠢いている。
 微かに声のようなものも聞こえるが、何と言っているのかわからない。暗がりに眼が慣れると、船室のあちらこちらにそうした塊があることに気付いた。離れて眠っているのは、ザックを抱えた日本人の若い男と女のようだ。彼等は眠れるのだろうか。
 私は上海の自由市場の雑踏を思い出していた。あそこに空がなく、そのまま眠りにつくことがあったなら、このような生身の人間の匂いがするのだろう。
 私は手すりにつかまり、引き返すことにした。デッキへ続く階段のドアを開ける。すると、原色の上着を着た女が背中を向けて階段にしゃがみ込んでいるのがみえた。
 人を呼ぼうかと思ったが廻りには誰もいない。
 二度声をかけると女はふりむいた。船酔いなのか青い顔をしている。
 私は傍に立っていた。暫くすると彼女は手すりにつかまって躯を起こした。髪を直しながら、あなたは日本人かと聞く。そうだと答えると、日本人がどうして船に乗っているのかと尋ねた。