■ ラジオからパット・メセニーの曲が流れている。
 車は今にも分解しそうな音をさせ、一四〇で走っている。
 この小さな車ではこの辺りが限界だ。
 高速の繋ぎ目を乗り越える時の収まりが、フランスの味を残している。
 空港に向かう道は空いていた。空が赤くなってゆく。
 葉子は上海にいった。
 先日、何枚もの写真が送られてきたのだ。
 大きな川に沿っている公園で、沢山の人が沈む太陽を眺めていた。
 街の中心部には建設中のビルがいくつもあり、竹を組んで職人がその上を歩いていた。
 葉子は伸びた髪を上でまとめ、中国服を着て脚を組んでいる。
 随分大人びてみえる。
 私は事務所をやめた。
 入院していたことと、何かがはっきりしたような気がしたからだ。
 葉子の父は、「上海貿易公司」という会社をやっている。
 どんな男なのか知ってみたいという気分がある。
 彼の紹介で向こうの代理店に嘱託として暫く席を置くことにした。いつまでになるのかはわからない。主にドイツの企業相手の仕事になるのだと聞いている。細かい打ち合わせもあって、一度向こうに渡ることにしたのだ。
 自由化政策の影響で、上海は往年の活気を取り戻している。
 狭い部屋に大家族が住んでいて、早朝の公園は子供と老人達で一杯になるという。若夫婦のために、朝の時間を空けるのだ。
 
 私は車の速度をゆるめ、途中のパーキングに入った。
 自動販売機で煙草を買い、腰を屈めた。
 思いだしたこともあったが、かたちにならなかった。
 
 
「夜の魚」 完

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