今宵出船かお名残惜しや。
 
 
 
■ 暗い波間に雪が降る
(「出船」勝田香月作詞、杉山長谷夫作曲)
 と、歌っているのは、我等がテナーこと藤原義江さんである。
 私はといえば、半日熱で唸っていたのだが、窓ガラスの雨をちらりと眺め、黒ビールを嘗めはじめた。
 
 
 
■ 昨日は東京も雪になると言われた。
 幸い都心部ではそうならなかったが、細かい雨が一日降り続いた。
 私は矩形のスペースから一歩も出られず、断続的に浅い夢をいくつかみる。
 そうした後に口をついて出るのは古い日本の歌で、それは白秋であったり野口雨情、時雨音羽の作詞になるものが多い。
 明治末期から大正へと、空疎という批判はあっても、デモクラシーの華が僅かに咲いた時代の文芸や絵画の色と、当時の歌というのは相似ている。
 雨ふりお月さん じゅうさんななつ。