夢の日。
 
 
 
■ 地方都市の飲み屋で友人と一杯をやる。
 そこは元は芸者だった女将が経営しているところであり、例えば祇園に並ぶ置屋の奥座敷と二階がないような造りになっている。
 数年前ここで、荷風好きの若い芸者と蘊蓄を傾けたことがあった。
 髭文字の、御札のような名刺を貰ったのだが散在した。
 
 
 
■ 酒の席というのは怖いもので、所作が問われる。
 上座下座、その辺りはいいが、酔いながら廻りに気を配っている男は大抵は経営者である。頭を下げながら、箸で河豚の干物などを七輪の上で転がす。
 声が高いのは、日頃あれこれある友人で、聞いていると娘の話と最後は家系図に辿り付いたりしてなかなかであった。
 ウリナラの方々は大体キムさんになるのだというが、我が国では分かれる(ホンキにしないように)。
 
 
 
■ 酒場の話になると、私は山口瞳さんと吉行さんを思い出す。
 お互いに表向きは対極にあるのだが、根は同じようなところがあって、つまり何処かヤケクソであって柄が悪い。
 かといって、店の隅にいる黒子にしっかりと目配せをしているようなところもあり、要は玄人受けをする。
 山口さんの「ぽち袋」の話は有名であるし、吉行さんの近場へゆこうとする時に乗る、タクシーの運転手への気の使いようも尋常ではない。
 それだけいい時代だったとも言えるのだが、つまりは文士というものが名士などではなく、仕方ないわねえと学割で飲ませて貰っていた時代の水平思考であろうか。
 こういう匂いというのは、玄人筋はすぐに見抜くものだった。