Tag | ヤロー版

中がひろい

 
    中がひろい。
 
 
 
■ 上の方が、なにやらとりとめない気配がする。
 どちらを向いたら良いのか、分からない。
 支えるものがない。
 仕方なく努力していると、反対の意味だと思われることもあり、困る。
 

バイパス

 
    バイパス。
 
 
 
■ 後ろの座席一杯のチェロは彼女に出させた。
 
 
 
■「ハグラカスのが相変わらず旨いな」
「そう。それを好きなひとの前でもやっちゃうのよ」
「俺のことじゃないな」
 
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■ バイパスを通る。
 埼玉から東京へ向かう苛酷な道である。
 目の薄くなったタイヤは、継ぎ目の度に指を戻す。
 一メートルもある羽を後ろにつけたZが抜いていった。
 私はバイパスの深夜営業に入った。
 片方の耳に赤いピアスをした短いスカートの店員が、ここは前払いなんですと言う。
 

五号線

 
    五号線。
 
 
 
■ 続きである。
 知人というのは女性なのだが、ステージではかなり美人である。
 夜も遅くなると、二十代後半の夜更けという按配である。
「相変わらず、奇麗だな」
「ウソ。ばっかり」
 甲高い声で応え、急いで帰ろうと、ランプを登る。
 
 
 
■ 霞ヶ関のトンネルを抜け、千鳥ヶ淵を過ぎる。
 右に逸れると五号線に入る。
 夜は何時も工事をしている。
 過ぎれば飛ばすのだが、横に乗せている時には丁寧ににゆくようになった。
「え、何?」
 と、ボリュウムを下げる。
 位置が分かるということは、似た車に乗り慣れていることを示唆する。
 
 
 
■「これから風呂に入るのか」
「どうしてそんなことを聞くの」
「明日も早いからさ」
「変なひとね」
 すこしも変じゃない。
 お茶を飲むと、私は帰れなくなってしまうのだ。
 

チェロを運ぶ

 
    チェロを運ぶ。
 
 
 
■ 何時ぞやの週末、八ツ山のホテルに出かけた。
 その側で仕事をしているチェロ弾きの知人を送るためである。
 約束はしたのだけれど、その場になると躯がだるく、ずるずると車を出してゆく。
 
 
 
■ 近くだけれど、そのホテルには歯痛ではなくて入ったことがない。
 廻る処、エントランスの外れに停め、車の中を片付ける。
 ドア・ボーイが窓を叩き、
「お泊まりですか」
 と聞く。
 
 
 
■「いや、チェロを運ぶんだ」
「でしたら、この後十五分で着替えが終わりますよ。よかったら中に入って待っていますか」
 と言う。
 知人がチェロを抱え、階段を昇ってきた。
「着替えは十五分なのか」
「え、なんで知ってるの」
 高速に乗り、それから浦和の外れにまでゆく。
 

花を閉じる

 
    花を閉じる。
 
 
 
■ 国産のジンを飲んでいる。
 すこし余裕があるので、ベルモットを垂らしている。
 ライムはないけれど、藁半紙でくるんだビタスを落とした。
 
 
 
■ 空は曇りかかっている。
 タワーの明かりはまだ白いままで、何時もは見えるビルの窓は遠い。
 傘がいるのだろうか。
 
 
 
■ 机の上を整理しなければならない。
 なるべくならしたくないけれど、誰もやってくれない。
 小さな竜胆の鉢があって、溶けた氷を流してみた。
 酔いはしないが、花を閉じている。
 

恥じる

 
    恥じる。
 
 
 
■ 先日、古い知人と会った。
 彼は学生時代、酒を飲んで階段から落ち、間脳を破壊されたが一命を取り留めた。
 地方では名の通った大学を母親におんぶされながら卒業した。
 大崎のホテルに来ているというので、夜の十時にロビーに出かけた。
 
 
 
■ 職場の旅行であったので、役場の職員が沢山列挙していた。
 車椅子でエレベーターから降りてくる。
 彼の部屋へゆき、ツインのベツトに腰掛けて与太話をした。
 時折、部屋の相方が覗きにくる。
 頭を下げていると、廊下で、
「こんなになっちゃって、可哀想でさ。明日も来てくださいよ」
 と、言う。
 相方は酔っていたが口調に微妙な滓が残っていた。
 分からないでもないが、眉毛の動きが好きではなかった。
 
 
 
■ 帰り道、私は五反田で牛丼を食べた。
 外国人の店員が慣れた口調で注文を取り、仕事帰りの外国の女性も何人か居た。
 何に恥じれば良いのだろう。
 着ていった背広だろうか。
 

ひと握りの乾いた砂あと

 
    ひと握りの乾いた砂あと。
 
 
 
■ 広尾のとある病院の前を歩いていた。
 街路樹があって、舗道はすこし湿っている。
 冬であれば靴音が響くだろう。
 
 
 
■「この舗道を歩いていて、突然抱きしめられたの」
「それで、どうしたの」
「どうもしないけれども、すこしだけドキドキした」
 
 
 
■ 彼らは結婚をした。
 一回り歳が離れていた。
 男が泣いたのだそうだ。
 

退屈な女の遊び

 
    退屈な女の遊び。
 
 
 
■ マンネリになってゆくだろうと思う。
 ま、それもいいかなと思っている。
 時折の反応はあるけれど、ほとんどの場合、レスをつけようがない事柄しか書いていない。
 ここでこうすれば、もっとモリアガルだろうな、というのは薄く分かることもあるけれど、突っ込み過ぎるのは野暮だと思う。
 

退屈な男の遊び

 
    退屈な男の遊び。
 
 
 
■ 先日、「わからないところがあるんですよ」
 と、若いひとに言われた。
 そうだろうな、と思う。
 書いている方も、よく分からない部分がある。
 めんどくさいから、説明を省くんだね。
 

ジンについて

 
    ジンについて。
 
 
 
■ ひところ、ジンの銘柄に凝るのが流行った。
 主に三十代の間で、高い酒についてとやかく言うのがハバカラれたという気配もある。
「旨いバーボンを見つけてさ」
 とか言って、七面鳥を有り難がっていた頃である。
 
 
 
■ どういうことかと言うと、つまりは成熟していないのだと思う。
 ジン。
 なんてのは、どんなに高くても、つまりは知れているじゃないですか。
 

後の煙草

 
    後の煙草。
 
 
 
■ 事後の一服は旨い。
 ただし、余裕のある時は、である。
 
 
 
■ 昔、今のように歯が痛くなかった頃、煙草を吸い窓の外を見ていた。
 何か言いたそうに相手は微妙な眼をしている。
「いや、まあまあだな」
 と言うと、起き上がり、自らを覗き込んだひとがいて、私はそのひとに惚れた。
 

雨じゃなかったね

 
    雨じゃなかったね。
 
 
 
■ 先日、とある人に「緑坂」の印象を聞いてみた。
「うーん、甘酸っぱいかな」
 と、言う。
 ある意味で、答えにくいことを尋ねてしまったと反省している。
 
 
 
■ 読んでくれる人が居るということは有り難いことだ。
 感謝してる。
 ほとんど独語のようなものだけれども、まるきりが本当のことだという訳でもない。
 なにがしか違和感のようなものがあって、それがとりあえず精神に残る。すぐに言葉にすると、流れるので、一度地面に埋める。
 掘り起こしてくる時期が問題なのだが、旨くゆくとなにがしかの単語に変わる。
 不遜なことを書くようだけれども、読んでくれる人を意識しすぎると、何処かコビた文になって、自分でも面白くはない。
 

 
    虫。
 
 
 
■ まずまずの天気だったが、夜になった。
 予定をとりやめ、一日部屋にいた。
 電話なんぞをしている。
 飯もとりあえずすこし食う。
 
 
 
■ 窓を開けると、虫の声がきこえた。
 月は出ていないが、薄い風がある。
 椅子の背に躯をかけると、背骨がごきりと鳴った。
 
 
 
■ 盲目の小さな女の子がこちらを視ているように思った。
「よう、元気か」
 と、答えようとしたが、髭を剃っていないことに気付いた。
 

小柄な女

 
    小柄な女。
 
 
 
■ 四十代の男性が、小柄な女性を連れてきた。
 隣に座ったので見えたのだが、女性は指輪をしている。
「いや、僕はあのまま帰ったよ。危ないものねえ、彼女」
「でも、そのままいっちゃうことって、あるんじゃないですかぁ」
 
 
 
■ 男性は日に焼けている。
 休日には、マレーシア製のブランド品のポロ・シャツを着ていそうな、爽やかなタイプである。
 互いに既婚同士であるらしい。
 次第にロマンチックな気配が滲んでくる。
 
 
 
■ 小柄な女は、魚の皮を残した。
 

蒔き時、花どき

 
    蒔き時、花どき。
 
 
 
■ 引き出しの中から種の袋が出てきた。
 冬を除いたほとんど一年中咲くかのようである。
「種子の栽培のしかたについてのお問い合わせは下記へ...」
 として、住所が記してある。
 岐阜まで電話をするようになったら、さぞや楽しいのだろうと思った。
 

東の夢

 
    東の夢。
 
 
 
■ 背広を着た白人が乗り込んで来た。
 アタッシュからジャパン・タイムスを取り出して真剣に読んでいる。
 もう一冊、多分仕事関係のものだと思うが、網棚の中に入れてある。
 消しゴムのついた鉛筆を挟んである。
 彼は眠ってしまったが、外には富士山が見えた。
「のぞみ」は、翼をもがれた安い飛行機のように、かなりの無理を滲ませながら地面を東に向かっている。
 通路の反対にはほとんど生活臭のない脚を組んだ若い女が座っている。
 中学生だろうか。光るストッキングを履いていた。
 隣には、母親がいる。
 売り子さんが来たのでビールを買った。
 
 
 
■ 彼は太い腕をしていた。
 ワイシャツからはみ出る毛は、黒かった。
 厚い時計をしている。
 
 
 
■ 図らずも眠ってしまった時というのは、イビキにも力がない。
 新横浜を過ぎてから、
「ミスター」
 と、声を掛けた。
 

バァで値段を聞く

 
    バァで値段を聞く。
 
 
 
■ ことにしている。
 初めての場所で、ショット売りの店ならそのようにしている。
 カクテルの値段を尋ねるのは失礼なような気がするので、ウイスキイやジンの銘柄指定で相場を決めている。
 先日は、四角いジンが七百円だった。
 安いのだと思う。
 隣に同年輩の車屋が座り、その向こうは若い男だった。
 若いのは、ヨンサンマルのゼットに乗っているというから、いわゆるハマのタイプである。
「峠を降りてくると、ローターが真っ赤になるんすよ」
 バーテンはと言えば、ウレタン付きのミジェットで昨日事故ったという。
「カウンターが間に合わなくて」
「なんてね」
 彼等の飲んでいるバーボンは、聞いたことのない銘柄だった。
 風土のようなものも、あるのかも知れない。
 雨だけれども。
 

あなたに会いたくて

 
    あなたに会いたくて。
 
 
 
■ とても元気の良い女の子がそういうことを言っていても、相手の男性が視えてこないような気がする。
 雑踏の中に紛れ込むのは、本来、少年や青年の役目ではなかったろうか。
 どうでもいいのだけれど。
 

待っている vol.1

 
    待っている vol.1
 
 
 
■ コーヒーを入れようとすると、紙がない。
 仕方ないので、昨夜使った奴を洗うことにした。
 
 
 
■ キングコングの絵葉書を手元で見ている。
 ひとりの女の為に、エンパイア・ステート・ビルによじ登り、全世界の非難を浴びながら、空しく地上に引き戻された、カワサキのW1みたいな愚かな猿の物語である。
 ジャズメンがネクタイをしていた頃の黒人のように、あんぐりと口を開けた一匹のゴリラが虚空を睨み、何事かを叫んでいる。
 その掌の中には、護るべきヒロインが横たわっている筈なのだが、ここからは見ることは出来ない。
 斜めになったNYの空を、二枚羽の飛行機が旋回している。
 じきに軍の攻撃が始まるのだ。
 

死の棘

 
    死の棘。
 
 
 
■ 人の精神というのは、極めて微妙なバランスの上に成り立っていて、些細なことをきっかけにその均衡が破れてしまうものだ。
 何処からか幻の声が聞こえてくる。
 現実と虚構の区別がつかなくなってくる。
 頭の中に何人もの個人が棲んでいて、ひっきりなしに話し掛けてくる。
 いわゆる急性分裂状態なのだけれども、そうした訴えを聞いていると、遠いの国の神話を読んでいるような気になってくる。
 何処へゆくのだろう。
 戻るのだろうか。